今後AIがますます発達することで,人間にしかできない職業以外は機械に奪われていきます。
実際,身近なスーパーのレジが無人になったり,テストの監視をAIが行うシステムが開発されたという記事を目にすることが増え,当事者意識を強く持つようになりました。
ですがそういった危機感は,別に日本固有のものではありません。
世界の国々も,将来の産業競争力を見据えた教育改革をすでに実行しつつあります。
今回はその中から「アメリカにおける教育」を取り上げ,近年どのような取り組みが行われているかについてみていくことにしましょう。
アメリカの教育問題
世界中に大きな影響力を及ぼし続けているアメリカですが,教育において抱えている悩みに限ると,実は日本と大差ありません。
現在指摘されている問題点として,ここでは「詰め込み教育,批判的思考,認知スキル,やり抜く力」の4つがあります。
相変わらずの詰め込み教育
教育改革が起こるたびに,生徒が学ばなければならないとされる知識の量は基本的には増えていくものです。
時には後退することもありますが,先代からの経験が積み重なって,より効率的に教えることができるようになります。
スポーツ界においても,シューズやウエアの品質の改善が新記録につながった例もあるでしょう。
ですがその反面,うまく時代の流れに付いていけない人もいるはずで,より効率的に多くを教えるよう期待された先生がすべてを教えられない埋め合わせとして,別の活動に使うべき時間までそれに費やしてしまうという問題が出てきています。
また,「学校で教えるべきことはそもそも何であるか」といった,教師のあり方自体を見直す動きまで興ってきました。
ところで,日本における2020年の教育改革においても,従来の詰め込み教育が非難されています。
「今後はその時代に求められる能力を身に付ける必要がある」ということについては,これまでにいくつかの記事の中で書いてきましたが,根本的な学力を支える読み書きそろばんの重要性については,いつの時代もないがしろにされることはないでしょう。
「受験勉強」といった言葉からイメージされる従来の詰め込み教育はなるべく家庭内でやってもらって,学校では議論に必要な知識があることを前提として協働学習が行われる方針に変わっていくと予想されています。
そのため,学校外で独学する機会がますます高まるというのが,アメリカに限らず日本においても今後懸念される事柄です。
批判的思考力が育ちにくい
アメリカの授業風景と言えば,討論形式での話し合いのシーンがすぐに浮かぶでしょう。
誰かの意見を鵜呑みにするのではなく,自分の頭で考えて納得のいかないものについてはとことん意見をぶつけ合って議論する。
そんなシーンは,アメリカの教育現場を代表する光景の1つでしたが,現在の米国は先述したように,詰め込み教育に追われています。
そうなると,カリキュラムを予定通り終えるための時間がどうしても足りなくなってしまうことになり,そのしわ寄せとしてディベートの時間が犠牲になってしまっているのも問題の1つです。
英語だと「Critical Thinking」と呼ばれる批判的思考力ですが,常識を疑うこと,普通の人なら目にも留めないようなことに疑問を持ち,なぜだろうと考えてみることが世紀の大発見へとつながってきました。
「多数決」などという制度を最良の解決策と見なし,「(正しいかどうかさえ疑わしい)常識こそが判断基準である」と考えてしまう環境では創造力が育まれないのは当然です(社会的な場面での民主主義の精神を批判しているわけではなく,あくまで教育界での話です)。
好奇心は授業の邪魔になると見なしてしまう国に明るい未来はありません。
認知スキルがもてはやされる
認知スキルとは「教わった知識を蓄積しては必要に応じて再現できる能力」のことを指しますが,学生が試験を受けた点数のみで評価されてしまっているというのもアメリカが抱える問題の1つです。
学んだことをただ覚えて,それを実際の試験で再現してみせることだけが勉強だと勘違いされてしまっては困ります。
確かに,答えが1つに決まっているのを評価するのは簡単で,信頼できるデータの1つにはなるでしょう。
ですが,日本の大学入試においても今や面接や調査書で合格が決まる学校が私立の半分以上を占めているわけですし,知識はネット上に蓄積されていますから,必要なときに引き出してきて,それを使って何をするかの方が大事だと言うことは忘れてはいけません。
特にこの3つ目の問題点は,既出の2つを受けたものになっているように思います。
加えて,認知スキルの対となる「非認知スキル」が学力に影響していることについても留意しておきましょう↓↓
やり抜く力が育たない
人生で最も大切な経験は失敗なのに,現代の若者は失敗の準備ができていない。
ロバート・ゲイツ元国防長官はこのように述べていました。
その他にも,「失敗は成功のもと」であったり「若いうちに挫折を味わった人の方が強い」といった格言を耳にしたことがあるでしょう。
失敗することばかり恐れていては,思い切ったことができず,ひたすらに無難で誰でも(それこそロボットでも)できるようなことしかできない大人に育ってしまいます。
これではAIに職業を奪われる時代において生き残ることができません。
塾で中高生によく言っているのですが,学校のテストにおいて悪い点を取ってしまったときにはむしろ喜ぶようになってほしいと思います。
というのも,100点満点を取った場合,その答案から得られるのは単なる満足感だけにすぎませんが,もし50点であったならば,今の自分よりもあと50点分賢くなれるチャンスがあることになり,テストを受けた恩恵を確実に得られることになるからです。
さて,これまでに4つほどの問題を上げてきましたが,このような指摘を受けてアメリカはいち早く教育改革に乗り出しました。
次章では,具体的な取り組みについてみていくことにしましょう。
アメリカとSTEAM教育
アメリカでは,未来の産業競争力が低下しないよう,オバマ大統領の時代に(2011年の一般教書演説内において)STEM教育が国家戦略として位置付けられました。
STEM教育というのは「Science(科学),Technology(技術),Engineering(工学),Mathematics(数学)」の頭文字をとったものですが,これにArt(デザイン,芸術,人文社会)を加えたSTEAMと呼ばれる分野が,テクノロジーが進化した現代においては注目されるようになってきています。
さらに連邦教育省が発表したこととして,以下のようなものが知られており,実証プロジェクトも推進されました↓↓
- 学校におけるブロードバンドの推進(ConnectED Initiative)
- EdTech(教育技術)を活用する政策プラン(National Educational Technology Plan)
- EdTech開発者向けのガイドライン(EdTech Developer's Guide)
やはり,国が先導することで,できる選択肢の幅が広がることになりそうです。
もっとも,これを成功させるためには,支持する側(国民)の意識改革も必要になってくるのは言うまでもありません。
国民全員が関心を持って,国の取り組みを支えることが重要です。
STEAM教育の実例
上の動画はNASAの例ですが,先端を行くような企業や研究所を中心に実践的なSTEAM教育は生まれてくることがわかります。
アメリカでの実例としては,以下のようなプログラムが行われました↓↓
- 惑星からサンプルを持ち帰るミッションをNASAのチームと一緒に設計する
- ある地域で風力による発電量を調べ,3Dプリンターでオリジナルの風車を作成する
- ハッカーに破られない,自分のみが開け方を知っている箱を作る
どれも明確な目的が存在していて,そこから逆算して自分の行動を考えるための教育が行われていることが伝わってきます。
こういった試みについては日本でも行われるようになってきていますが,「自由研究」と聞いた途端に,辛かった夏の日の思い出が蘇ってしまう私のような人間には,なかなかに根の深い問題なのかもしれません。
ちょっと話が逸れてしまいましたが,上記のようなプログラムがもっと身近で行われるようになれば,子どもたちの意識改革を行いつつ,純粋に楽しんで学んでいけることになります。
何がきっかけで子どもの将来が決まるかは誰にも分からないものです。
企業に限らず,すべての国民がSTEAM教育の重要性を理解し,普段から周りに目を配る必要があるのではないでしょうか。
アンテナを張っておけば,何かチャンスがあったときにはすぐものにできます。
なお,以下の動画は上記でいうところの3つ目のプログラムの例です↓↓
この箱は,普通に開けると警報が鳴ってしまう仕掛けが施されているのですが,音を出さずに開けるためにリボンの位置をずらす必要があるとは,まさに自分だけしかわからない開け方だと思います。
High Tech Highの試み
アメリカの教育改革を描いた「Most likely to Succeed」という映画が舞台にしているのが,サンディエゴにあるHigh Tech Highなのですが,その学校では教科横断型で課題解決能力を育成しています。
社会に出ると「観察→考察→記録→結果発表」といった段階を経ることによって,家でも映画でも何でも作り出すことになりますが,この時必要になる能力は先に紹介した非認知スキルです↓↓
- 知識を活用して何かを創る創造性
- 批判的思考力
- 課題解決能力
- コラボレーション能力
- 失敗から学ぶマインド
High Tech Highのような先進校が日本人に認知されるまでにはまだまだ時間はかかるのでしょうが,こうした活動をしながら毎日を過ごしている子どもたちが世界にいることを知っておくことは無駄ではないでしょう。
なお,上記映画については日本でも上映会を開催している団体があります↓↓
Personalized Learningについて
Personalized Learningの例として,Alt Schoolという次世代の初等教育を行っている学校について紹介しましょう。
この学校は元Googleの社員が創設し,マークザッカーバーグ氏が出資した学校として知られており,EdTechを活用し,個別最適化した教育体制を可能にしました。
Alt Schoolの大きな特徴は何と言っても,学年という物差しが存在しないことで,例えば「英語は1年生レベルだけれど,数学は3年生レベル」の生徒がいた場合,その子の得意不得意に合わせて柔軟に学べるような教育が可能になるのです。
生徒1人1人の興味や関心,強みなどに応じてプログラムを個別に提供できる理由は,EdTechによるデータ収集とAIによるデータ解析があってのことだと思います。
このような教育は,ICTの発達の後押しを受けて主流となっていくことでしょう。
アメリカでは2016年の振興計画において,テクノロジーが可能にする学習経験の変化をすべての人が享受できることを国民に呼びかけ,以下の3つの組み合わせからなるPersonalized Learningを指摘しました↓↓
- オンライン学習:バーチャルスクールを例とする,学習内容と指導がインターネット上で提供される学習
- ブレンド型学習:教室で教員が始動する伝統的な学習にオンライン学習を組み合わせたもの
- コンピテンシーに基づく学習:履修した授業時間に関係なく,コンピテンシーの習得が証明されることで進級進学する学習
特に最後の学習は,かつてAlt schoolで実践されていたものでしたが,自分でどんどん学んでいける上,その内容は自分にとって最適化されたものです。
そこでは学校や先生の果たす役割も変わってくることでしょう。
※2021年現在,学校自体はなくなってしまい,プログラム自体が残っています。
まとめ
以上,先進国の中でもひときわ大きな存在のアメリカにおける教育改革の課題と,STEAM教育やPersonalized Learningについての具体例をいくつかみてきましたが,いかがだったでしょう。
今後のAI社会においては,認知スキルだけでなく,非認知スキルが重用される時代になることが予想され,そういった能力の開発を担うものとしてEdTechとAIの存在が示唆されていました。
日本でも,ひと昔前は「子どもや大人の理科離れ」がしきりに騒がれた時代もあり,企業が主体となった試みを行っていたのも確かです。
ですが今や,その時とは比べ物にならないほどICTが発達し,これまで不可能だったことが可能になる時代が現実のものとなってきています。
とはいえ,人は自分が教わったようにしか教えられないことが多いため,教える側も混乱しているように見受けられますが,2020年の教育改革をきっかけに,国が先導して新しい教育を生徒に施せる教員が沢山育って出てくることを望みたいものです。
もちろん,子どもの教育を教員に一任するわけではありません。
保護者含む地元住民が一丸となって,国の宝である子どもたちを競争社会で生き残れるような立派な人材に育てあげることこそ,今後の日本に求められることでしょう。
最後までお読みいただき,ありがとうございました。