今後AIがますます発達することで,人間にしかできない職業以外は機械に奪われていきます。
私自身,身近なスーパーのレジが無人になっていたり,テストの監視をAIが行っているのを目にしたりすることで,当事者意識を強く持つようになりました。
生成AIの方も1966年のELIZA,1980年代のディープラーニング,2014年のGANを経て,2022年11月のChatGPTの登場で,今では執筆や翻訳にアドバイザーの仕事などの多くの仕事をこなすと同時に,これまで誰かが行っていた職が失われています。
AIに対する危機感は全世界共通のようで,手をこまねいているわけにはいかないということで,セキュリティーを中心とした対策(日本では2030年を見据えたサイバーセキュリティ対策)が急務とされていますが,将来の産業競争力を見据えた教育改革も重要です。
これは将来を担う子どもたちが社会の変化に対応できるようにするための政策ですが,今回は「アメリカの教育改革の課題とSTEAM教育」を取り上げ,近年どのような取り組みが行われているかについてみていくことにしましょう!
アメリカの教育におけるAI時代の課題
世界中に大きな影響力を及ぼし続けている超大国アメリカですが,教育において抱えている悩みに限れば日本と同じようなものです。
ここではAI時代における4つの課題についてみていきます。
詰め込み教育からの脱却
教育改革が起こるたび,生徒が学ばなければならない知識の量は,基本的には増えていくものです。
とはいえ,時間や手間は大して変わらず,それは先代からの経験が積み重なって,より効率的に学ぶことができるようになっているからで,ICTの進化もそれを後押ししてくれています。
日本においても詰め込み教育が非難されることがありますが,根本的な学力を支える「読み書きそろばん+情報」の重要性については,これからの時代においてもないがしろにされることはないでしょう。
しかし,そうした教科書的な学びを学校現場で行ってしまうと,AIにはできない,人間特有の能力は育ちません。
なので,従来の詰め込み教育はなるべく家庭内でやってもらうことにして,学校では問いと対話を通じた探究や協働学習に時間を割くように変えていくことがアメリカの教育における喫緊の課題となっています。

学習者はディベートに必要な知識を学校外で独学することが求められ,授業を円滑に進めるように努力しますが,教師の方も上手く時代の流れに追従しては,自分の能力不足などで,別の活動に使うべき時間を埋め合わせとして費やしてしまうことのないようにしないといけません。
加えて,「学校で教えるべきことはそもそも何であるか」といった,教師のあり方を見直すための議論も必要でしょう。
批判的思考力の育成
英語で「Critical Thinking」と呼ばれる批判的思考力ですが,常識を疑うこと,つまり普通の人なら目にも留めないことに疑問を持ち,本当だろうかと考えてみることが世紀の大発見へと繋がってきました。
地動説は良い例ですね。
生成AIは多くの人が正しいと思っている意見を根拠とするので,そこから得られるものはしょせん知識の羅列にすぎません。
確かに科学の進歩には目を見張るものがありますが,特に最近,「科学的根拠」や「エビデンス」などという言葉を頻繁に使う人をよく観察してみると,自身が「科学という宗教」を妄信していることに気が付いていないようです。
多数決を最良の解決策と見なし,正しいかどうかさえ疑わしい「常識」こそが判断基準であると考えてしまう教育方針では,人間の武器である創造力を育むことはできません。
認知スキル以外の重要性
認知スキルとは「教わった知識を蓄積しては必要に応じて再現できる能力」のことですが,学生が試験を受けた点数のみで評価されてしまっている点もアメリカが抱えている課題の1つです。
学んだことをただ覚えて,それを実際の試験で再現してみせることだけが勉強であると勘違いされてしまうようでは困ってしまいます。
確かに,答えが1つに決まっているのを評価することは簡単で,信頼できるデータの1つにはなるでしょう。
ですが,日本の大学入試においても今や面接や調査書で合格が決まる学校が私立の半分以上を占めているわけですし,知識はネット上に蓄積されていますから,必要なときに引き出し,それを使って何をするかの方が大事だと言うことを忘れてはいけません。
特にこの3つ目の課題は,既出の2つを受けたものになっているように思いますが,加えて,認知スキルの対となる非認知スキルが学力に影響していることも知られています。
やり抜く力の育成
人生で最も大切な経験は失敗であるのに,現代の若者は失敗の準備ができていない
ロバート・ゲーツ元国防長官(2006年~2011年に在職)はこのように述べていました。
他にも,「失敗は成功のもと」や「若いうちに挫折を味わった人の方が強い」といった格言を耳にすることも多いですが,失敗することばかりを恐れていては思い切ったことができず,ひたすらに無難で,誰でも(それこそAIでも)実行可能なことしかできない大人に育ってしまいます。
これではAIに職業を奪われる時代を生き抜くことはできません。
アメリカでは早くからスタートアップが盛んで,2000年以降はマグニフィセントセブンに名を連ねる世界的な大企業が数多く誕生していますが,先頭を走る集団だからこそ将来への危惧も大きいのでしょう。

さて,これまでに4つほどの課題を挙げてきましたが,このような指摘を受けてアメリカはいち早く教育改革に乗り出しています。
今でも進行中のものが多いですが,次章では,具体的な取り組みの例として,STEAM教育についてみていきましょう!
アメリカのSTEAM教育
アメリカでは,未来の産業競争力が低下しないよう,オバマ大統領の時代に(2011年の一般教書演説内にて)STEM教育が国家戦略として位置付けられました。
STEM教育というのは「Science(科学),Technology(技術),Engineering(工学),Mathematics(数学)」の頭文字を取ったものですが,これにArt(デザイン,芸術,人文社会)を加えたSTEAMと呼ばれる分野が,テクノロジーが進化した現代においては注目されるようになっています。
連邦教育省が発表したことに以下のものが知られており,以下の実証プロジェクトが推進されました↓
- 学校におけるブロードバンドの推進(ConnectED Initiative)
- EdTechを活用する政策プラン(National Educational Technology Plan)
- EdTech開発者向けのガイドライン(EdTech Developer's Guide)
10年以上前のことなので先進的なものですが,内容的には日本のGIGAスクール構想も同様ですね。
いずれにせよ,国が先導することによって取れる選択肢の幅が広がります。
ちなみに,2013年に始まった教育改革がNGSSと呼ばれるもので,これはNext Generation Science Standardsの略で,科学的な学び(科学以外に工学や数学,国語を含む)を重視し,従来の詰め込み教育的な学びから実践的な学習が中心になりました。
まさにSTEAM教育の一環といった感じですが,データ収集や予測能力,問題解決能力のような科学リテラシーの育成を目指しており,評価される項目に,結果に至るまでの過程が含まれているところが特徴的です。
もっとも,これを成功させるためには,支持する側(国民)の意識改革も必要になってくるのは言うまでもありません。
評価は難しくなり,採点する技術もより高度なものが求められます。
例えば数学の問題で,これまで答えさえあっていれば良かったところが,答えに至るまでの記述内容もみられるわけです。
なので,国民全員が関心を持って,国の取り組みを支えることが重要だと思います。

STEAM教育の実例
上の動画はアメリカのNASAによるものですが,時代の最先端を行く企業や研究所を中心に,実践的なSTEAM教育が行われています。
具体例を挙げてみると以下のようなものです↓
- 惑星からサンプルを持ち帰るミッションをNASAのチームと一緒に設計する
- ある地域で風力による発電量を調べ,3Dプリンターでオリジナルの風車を作成する
- ハッカーに破られない,自分のみが開け方を知っている箱を作る
どのプログラムも明確な目的が存在していて,そこから逆算して自分の行動を考えるための教育が行わることになります。
3つ目のプログラムの例でそれを確認してみてください↓
紹介されている箱は,普通に開けると警報が鳴ってしまう仕掛けが施されていて,音を出さずに開けるためにはリボンの位置をずらす必要がありました。
まさに,作成者本人しかわからない良いアイディアです。
最近ではVRを使用した自由研究も行われるようになりましたが,上のようなプログラムがもっと身近に行われるようになれば,子どもたちの意識改革を行いつつ,純粋に楽しく学べる教育が可能となるでしょう。
日本ではソニーのLOGIQ LABOが満を持して登場しました↓
何がきっかけで子どもの将来が決まるかは誰にも分からないものです。
企業に限らず,すべての国民がSTEAM教育の重要性について理解し,普段から子どもたちの様子に気を配る必要があるのではないでしょうか。
学習者側も,アンテナを張っておけば,何かチャンスがあったときにすぐものにできます。
High Tech Highの試み
アメリカの教育改革を描いた「Most likely to Succeed」という映画がありますが,その舞台はサンディエゴにあるHigh Tech Highという学校で,教科横断型で課題解決能力を育成している好例です。
社会に出ると「観察→考察→記録→結果発表」といった段階を経ることによって,家でも映画でも何でも作り出すことになりますが,ここで必要となる能力は先に触れた非認知スキルとされています↓
非認知スキルの例
知識を活用して何かを創る創造性,批判的思考力,課題解決能力,協調性,失敗から学ぶマインドなど
High Tech Highのような先進校が日本人に認知されるまでにはまだまだ時間はかかるのでしょうが,こうした活動をしながら毎日を過ごしている子どもが世界にいることを知っておくことは重要でしょう。
日本で上記映画を視聴したい場合,vimeoで視聴することができます。
モンテッソーリ教育の試み
モンテッソーリ教育については,日本だと将棋の藤井聡太さんが通っていた幼稚園がそうでしたが,アメリカではAlt Schoolが次世代の初等教育を行っている学校として注目を集めました。
開校は2013年で,今では無くなってしまってプログラムだけが残っていますが(参考),元Googleの社員が創設し,マークザッカーバーグ氏が出資した学校として知られています。
Alt Schoolの大きな特徴は何と言っても「学年」という物差しが存在しなかったことで,例えば英語は1年生レベルだけれども数学は3年生レベルの生徒がいた場合,その子の得意・不得意に合わせて柔軟な教育を施すことが可能でした。
生徒1人1人の興味や関心,強みに応じてプログラムを個別に提供できた理由は,EdTechによるデータ収集とAIによるデータ解析があってのことで,このような教育は今後ICTの発達の後押しを受けて主流となるでしょう。
これについては世界における教育改革の歴史とEdTechの役割を参考にしてください。
アメリカでは2016年の振興計画の中で,「テクノロジーが可能にする学習経験の変化をすべての人が享受できる」ことを国民に呼びかけており,以下の3つの組み合わせからなるPersonalized Learningが提示されました↓
- オンライン学習:バーチャルスクールを例とする,教材と指導がインターネット上で提供される学習
- ブレンド型学習:教室で教員が指導する伝統的な学習にオンライン学習を組み合わせたもの
- コンピテンシーに基づく学習:履修した授業時間に関係なく,コンピテンシー(成功している人に特徴的な能力)の習得が証明されることで進級進学する学習
3つ目に挙げた内容は,かつてAlt schoolで実践されていたものと同じですが,自分でどんどん学んでいけるだけでなく,その内容は自分にとって最適化されたものであるところが肝です。

いずれにしても,今後も学校や教員が果たす役割が変わっていくことは確実です。
モンテッソーリ教育とは明示されてはいないものの,イーロンマスク氏が設立したAd Astraという学校も似た特徴を持っていると言われています。
こうした学校が増えることは,AIに対抗できる一手段となり得るでしょう。
さいごに
以上,先進国の中でもひときわ大きな存在であるアメリカが抱える教育的な課題と,STEAM教育の具体例をいくつかみてきました。
今後のAI社会においては,認知スキルだけでなく非認知スキルが重用されることが予想され,そうした能力の開発に影響を与えるものがSTEAM教育やモンテッソーリ教育です。
日本でもひと昔前には「子どもや大人の理科離れ」がしきりに騒がれたことがあり,企業が主体となった試みを行っていました。
ですが,今では当時と比べ物にならないくらいにICTが発達し,これまで不可能だったことが可能となっています。
とはいえ,使う側である人間の能力は昔から変化しておらず,獲得した知識や能力は遺伝的には後世に引き継げないこともあって,今後も謙虚に学んでいく必要があるでしょう。
人は自分が教わったようにしか教えられないことが多く,教える側も混乱しているのが現状です。
アメリカのように,国が先導して新しい教育を生徒に施せる教員が沢山育ってくることを望みます。
その一方で,保護者を含む地元住民や企業機関が一丸となって,国の宝である子どもたちをAI社会で生き残れるような立派な人材に育てあげる必要があることも心に留めておきましょう。
最後までお読みいただき,ありがとうございました。