幼少期にどのような習い事をするのかは重要で,想像以上に多くのことに影響を及ぼすものです。
極端に聞こえるかもしれませんが,将来に就く職業を決めることや辛い時の心の支えになってくれることも少なくありません。
とはいえ,習い事の開始時点においてはそれほど悩む必要がなく,やらせてみて子どもが嫌がるようであればすぐに辞めさせればよいだけのことです。
感情に素直な子ども相手の仕事ということで,相手方に辞意を伝えるのは難しくはないでしょう(ただし,初期費用が高い習い事には注意してください)。

なお,今回取り上げる習い事は「そろばん」です。
幼少期にそろばんを習っていた子どもは,そうでない子どもと比べて一体どのような能力が開発されるのか,いくつかのエピソードとともにみていきましょう!
そろばんの基礎知識
まずは簡単にそろばんの基礎知識を確認していきますが,日本の数学を和算と言い,西洋の数学である筆算と区別してください。
そして,そろばんは前者に分類されます。

歴史を振り返ってみれば,今から5000年前のメソポタミア地方(今のイラクがあるところ)で地面に縦線を引いて小石を置いて計算する「土砂そろばん」が原型とされますが,日本では今から500年ほど前に使われていたことが日本風土記の記述内容からわかっています。
ちなみに,日本最古のそろばんは「陣中そろばん」で,安土桃山時代に加賀藩の大名であった前田利家がその使い手として有名です。
豊臣秀吉や徳川家康が存在していた時代になりますが,例えば1592年の文禄の役では武器や食料の計算に用いられました。
習い事としてのそろばんは,江戸時代から昭和時代にかけて全盛を誇りましたが,電卓が開発された1973年以降は急激に勢いを失っていきます。
今ではパソコンがあるため,電卓ですらあまり必要とされませんが,それでもそろばん教室は電卓教室と並んで,今でも習う生徒が後を絶ちません。
これは一体なぜでしょうか。
算数関連の教室と言えば公文の人気が高いですが,あちらはあくまで筆算能力を高めるためのプログラムで,少なくともそろばんを使うことはないわけです。
また,電卓教室が教えることの中にはGTやRMキーなどの扱いも含まれ,最近では,簿記試験の問題を解く際に役立ちました。
もっとも,関数電卓ともなれば指数・対数関数含めたキーが便利で,複利計算の他,複雑な計算式を解く際などの多くの場面で活躍してくれています↓
これらは先の区分だと筆算に含まれますが,そろばんは先述したように和算です。
ユニークな見た目の道具の印象が強いですが,いずれはそれを使わずに暗算の状態で同様の計算が行えるようになります。
頭の中にそろばんがイメージとして浮かび,脳内で珠を弾いて計算することができるため,常人とは異なる能力が身に付くことは明らかです。
電卓の場合,頭に本体をイメージしたところで計算することはできませんし,そろばんは数字を介さないところがユニークで,筆算の計算式を頭に浮かべて暗算するのとも少し違います。
とはいえ,圧倒的に良い物であるならば学校教育に取り入れられて然るべきですが,実際はそうなっていません。
つまり,必須級ではないということです。
今の時代に言われている「読み書きそろばん」のそろばんは,筆算の正確性や算数の授業で学ぶ内容(例えば割合や速度)に精通していることを意味しており,そろばんを習うことは,普通に生活していては身に付きづらい能力を開発するための試みであると考えておくのが良いでしょう。
次章からはそれら能力について紹介していきます。
そろばんを習うことで育つ能力
そろばんを習うタイミングとしては,学校でかけ算を習った後の小2~小3生が良いと言われており,実際,小学校3年生あたりの算数の教科書にそろばんが出てくることに気づくはずです。
そこで興味を持って習い始める生徒も少なくありません。
ただし,今ではそれよりも前の時期から始められるカリキュラムを備えた教室も少なくなく,中には3歳児でもOKとするところもあるくらいです。
教室に通うことで,親も含めた他者とのコミュニケーションの機会が増えます。
もちろん,そうした社会勉強をさせたいだけであればそろばん教室でなくても構わないわけで,そろばんを習いごとに選ぶ意味としては,以下の能力が開発されることにあると言っておきましょう↓
- 集中力
- 記憶力
- 忍耐力
- 計算力
- 創造力
- 判断力
1つ1つの説明はさておき,これらは生涯にわたって自身を助けてくれる能力です。
とはいえ,多くの方は上記能力のうち特定のどれかを身に付けさせたいと思っているわけではなく,将来的に子どもの役に立ちそうだくらいの見通しでもって習わせるのでしょう。
私は普段塾で勉強を教える立場にありますが,下は小学校低学年から,そして上は生徒が大学生になって就職するまで面倒をみることも少なくありません。
そして教えてきた生徒の中にはそろばんの有段者(他人に教えられるレベル)もいたわけで,そのような子たちに数学を教えることもあったわけです。
そのときの経験を基に,以下ではそろばんを極めた生徒とそうでない生徒を比較しながら,どのような能力が印象的だったのか紹介していきたいと思います。
周りの環境に左右されずに集中できる
集中力は何かを行う際のパフォーマンスを高めてくれるもので,それはスポーツ選手になる場合であっても,組織のために働く際においても重要です。
たとえ同僚よりずっと高い能力を持っていたとしても,すぐに気が散ってしまうようでは,周りの集中力がある人たちには総合力で劣ってしまいます。

周りがガヤガヤしていると,普通の生徒であれば気を逸らしてしまって,いまいち集中できません。
しかし,普段からそろばん教室に通って自分のするべきことに集中する訓練を重ねていると,自然と周りがあまり気にならなくなるようで,音楽を聴きながら別の作業をするといったことも巧みにこなす傾向が見られます。
常人であれば静かな自習室やカフェでの勉強は捗りますが,車内や学校の教室などでは同等のパフォーマンスを発揮できないでしょう。
ひょっとすると,甲子園のマウンドに立って平常心で投げられたり,大勢の観客を前にしても普段通りに演技できたりするのではと考えもしましたが,さすがにこれらはあまりに独特な大舞台ということで,何度も場数を踏んで慣れるべきものであると判断しました。
いずれにせよ,スポーツ界で知られる「ゾーン」という状態に代表されるように,極限まで高められた集中力からは無限の可能性が感じられます。
勉強においても,普段勉強する際の理解度を高めてくれては,周りの環境に影響されず,テストで高いパフォーマンスを発揮するのに役立つでしょう。
実際に隣でみていると,集中力を発揮させるスイッチの入れ方はそろばん教室を通して学んだようですし,制限時間という環境要因も,そろばん教室で普段時間を測って問題を解いているのでお手の物でした。
本番に強くなるためには,幼少期の場慣れ経験が大切だと思わされるエピソードです。
そろばんで培った計算力は確かに高い
学校教育が選択したからといって,筆算が和算より優れていることにはなりません。
日本の数学史上最高と評されている関孝和は和算家ですし,ベルヌーイやニュートンやライプニッツといった西洋の歴史的数学者と肩を並べるほどの業績を残しています。
もっと身近な生徒の例で言うと,素早く正確な暗算ができるので,算数や数学のテストではケアレスミスの数が減り,考えるための時間が多く生まれるので有利です。
最近の問題はこれまでに見たことがない設定で思考力を問うものが少なくないため,計算力という武器が暗躍します。

一方,そろばんで段位を有しているからといって,学校の授業内容の理解を妨げることはありません。
それどころか,マイナスの概念や10進法の扱いなど,和算を学んでいたことがむしろアドバンテージになるくらいです。
数IIIの微積分などで桁や文字が多くなっても臆せずに計算していけるのは,そろばんで大きな数を多く扱ってきたからこそでしょう。
頭の中で計算できると途中式の計算も少なく済むため,どこに途中式が書いてあるかが明確で見直しもしやすそうです。
なお,そろばんの有段者は数字に強い興味を示すようで,数独だったり,数字を使ったゲーム(例えば4つの数字を使って10を作るようなもの)だったりに熱心に取り組む傾向がありました。
数字に意識が向くと,「なんだかこの計算結果はおかしいぞ」などの危機察知能力も芽生えてくるようで,この能力は大学で簿記の講座を取っているときにもよく発揮され,「大局観に優れているもんだなあ」などと傍から見ていて思ったものです。
制限時間が設定された場面でも,残り時間をすぐさま計算しては「あと10分あればこの問題ができそうだ」などと判断できます。
これもまた広い意味での計算力になるかと思うのですが,こうした能力はマーク式の共通テストなどで特に生きてくるでしょう。
右脳を活用する場面が目立つ
右脳と左脳の役割についてあまり考えることはないでしょうが,勉強における短期記憶や長期記憶にも関わってくるため,ここでは右脳に注目してみましょう!
右脳ではイメージで記憶を行うために処理できる情報量が左脳よりも圧倒的に優れているとされ,数千倍と言われることもあります。
世の中の記憶術と呼ばれるものに目を向ければ,文字をイメージに変えて記憶することを採用していますし,英語のリスニングやリーディングにおいても,外から来た英語の音や文字をイメージに変えながら理解していくことができれば上級者の仲間入りとされるほどです。
一般的に計算や言語というのは左脳が担当する領域とされ,意外にもそろばんの初心者は左脳に頼ることの方が多いようで,右脳が開発される段階に達する前に辞めてしまうことも少なくないようです。

一方,そろばんの段位を持つレベルともなれば,イメージできない限りは問題を解くスピードについていけないこともあって,右脳をフル活用せざるを得ません。
小学校で記憶力が試されるものと言えば百人一首がありますが,確かにそろばんが得意な生徒はかなり多くの歌を暗記できていたように思います。
ですが,これに関してはちはやふるが流行っていた時期に1人に聞いてみただけで,全員がそうかはわかりませんし,いくらイメージするのが得意だからといって,そもそも英語が聴き取れない・読めないだったり,数学の典型問題の解法を暗記していないようでは,その能力は発揮されないわけです。
なので,そろばんさえ習っておけば受験勉強は余裕かというと,まったくそのようなことはありません。
とはいえ,ちょっとしたカードゲームをしてみると物語を作ることに長けているなと感じることが多々あるため,そろばんの段位者の右脳は開発されているという認識です。
単純な作業を繰り返すことで忍耐力も高まる
忍耐力は学習指導要領的に見れば,自律的な行動に影響を及ぼすものであると言えるでしょう。
そろばんを習っていた生徒は一見ハードスケジュールに思えるものであっても辛抱強くやり遂げる力を備えているように見えます。
辞書的には「困難や逆境などの辛い状況でも耐え忍び,目標に向かって努力できる力」ということで,面接の際に自己PRできる能力です。
夢を実現するためには努力を継続していく必要がありますが,そろばんで段位を取れたという実績が,その生徒の自信を強めてくれては自己肯定感のアップに繋がっています。
詳しく聞いてみれば,検定を受けるにあたって,そろばん教室で何度も課題に取り組んだとのことで,習い事をさせずに子どもを放任しているだけでは体験できないことが体験できるのが,習い事をする意味であると確信しました。
嫌なことがあっても時間になったら淡々と出かけていき,満足できるパフォーマンスが発揮できなくとも与えられた課題を精一杯やるというのは,色々なストレスに耐えられなければできないはずのことです。
断っておくと,その成果物が必ずしも周りより優れているわけではありません。
ですが,形にして完成させることは,例えば漫画家が締切までに原稿を書き上げることにも通じるはずで,立派な社会人としての初めの一歩でもあります。
とはいえ,子どもが努力を続けるためには周りからの声掛けが必要です。
子どもの指導になれていないと褒めるポイントがわからず,変なところで叱ってしまう可能性があるので,それは現場のプロに任せましょう。
まとめ
以上,そろばんを習うことで身に付く能力の紹介と,有段者を実際に見ていて私が感じたことについてまとめてきましたが,いかがだったでしょうか。
多くの能力が高まることが期待できるのは確かですが,先に挙げた能力のうち,私が教えた生徒たちの判断力が群を抜いて高いようには思えなかった他,偏差値が必ずしも高かったわけではありません。
経験年数で言えば,そろばんもずっと習い続けていたわけではなく,あくまで小学生の頃に数年間やっていた生徒が大多数で,たまに中学生の最初くらいまで通っていた子がいるくらいです。
また,大学受験ともなれば小学校時代に培った自信や自己肯定感は他の出来事によって奪われてしまいがちで,特に高校生以降は周りのライバルたちの能力も強大になってきますから,その後の成長は別に捉えておかなければならないように感じています。
とはいえ,幼少期にそろばんで培った能力はどこかしらで発揮され,筆算しかならっていない生徒とは異なる能力を武器にできる可能性は高いです。
幼少期にはピアノやダンスに水泳,他には書道や英語にプログラミングなど様々な習い事が考えられますが,どれか1つに決めなければならないこともないですし,子どもの好きなことや得意なことを見定める上でも,そろばんを1つの選択肢に加えていただけたらと思います。
好きなことはあらゆることを補助してくれるやる気のアップへと繋がりますし,得意なことであれば何かしらを達成できては自己肯定感を高めてくれるはずです。
みなさまのお子様が良い習い事に出会えることを祈って,締めの言葉とさせていただきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。