今回ですが,「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」や「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」のカリキュラムを参考に,創造性を発揮する人材や国際舞台で活躍できるリーダーが持つべき資質・能力はどのようなものがあるのかについて考えてみたいと思います。
学生時代のうちから才覚を発揮する高校生が存在することは今も昔も変わりありませんが,彼らの輩出しやすさに周りの環境は大きな影響を与えるものであり,特に学校教育が担う役割は大きいです。
国際機関の職員であったりグローバル企業の経営者を目指す高校生や,政治家や起業家のような人の上に立つ人材を育てるためには,どのような教育を施すことが必要なのでしょうか。
併せてみていきましょう!
スーパーサイエンスハイスクールとは
SSHとは理数系の教育に重点を置いて研究開発を行う高等学校等を指し,2002年(平成14年)度から文部科学省が指定しています。
一度選ばれると5年はSSHでいられるため,基本的に総数は増加していく傾向にありますが,2023年度時点での総数は250校です。
用途は限られるものの,研究開発に役立てられる援助(主に活動資金)が得られるところが大きく,主に以下2つに使われます↓
- 新規性がある教育カリキュラムの実施やさらなる発展
- 科学技術人材育成に関する取り組み
実際に支援するのは文科省ではなく科学技術振興機構(JST)である他,新しく採用された高等学校等の研究開発課題は毎年公表されているので,興味がある方は公式HPを確認してみてください↓
少しでも目を通すと,「数理データサイエンス人材」や「サイエンストップリーダーとサイエンスサポーターの育成」など,先述した目的に沿ったテーマが課題になっていることがすぐにわかるはずです。
SSHで生じた実績は,大学や民間企業そしてSSHではない小中高校にも共有されるので,結果的に社会全体の発達に寄与することとなります。
スーパーグローバルハイスクールとは
次にSGHの説明に移りますが,こちらは2014年(平成26年)度から始まりました。
SSHと同じくいったん指定されると5年間は有効ですが,2016年度で募集を終了し,そこでの採択が終了する5年後の2021年度をもってすべての指定が終了となっています。
結果的に最終年度は28校が指定されていました。
SSH構想の目的は「国際的に活躍できる高等学校におけるグローバルリーダーを育成すること」でしたので,課題研究のテーマは
- 日本の歴史・伝統・文化を踏まえて多文化共生社会を構築するグローバルリーダーの育成(佐倉高等学校)
- トップ型SGUと一体化して「自立した学習者」を育てる探求型カリキュラム構築(名古屋大学教育学部付属中・高等学校)
などのようにSSHとは一味違うタイトルが並びます。
ところで,2つ目に挙げた名大附属は,将棋の藤井聡太さんが当時通っていた中学校です↓
名大附属は中高一貫校で,彼も2018年4月に高校へ進学しました。
TV番組でこの中学校の様子が映ったときは,しっかりと管理が行き届いている感じを受けたのですが,それはカメラが入ったせいではなく,学校全体がそもそもそういう雰囲気だったからなのでしょう。
また,藤井さんがコンピューターの扱いに優れ,AIを相手に将棋の研究を深められたのは,先の課題に挙げた「自立した学習者」だったからに他なりません。
SSHやSGHで育まれる資質・能力
私は塾で都内にある学芸大附属に通う生徒を教えることもあるのですが,「附属」と付く学校では,教育の随所に最新の理論や研究結果の実践を見て取ることができます。
ここで,SSHやSGHとは何かについて今一度確認してみたいと思いますが,簡単に言えば「理数系のデータに強く,グローバルリーダーとなるにふさわしい能力を備えた人材を育成することに力を入れている高等学校等」のことです。
もちろん,文系の知識に疎いわけではありません。
グローバルリーダーは今後全世界をまたにかけて活躍する人物のことで,国際機関職員や起業家などが例に挙げられるわけですから,世界的な社会問題への高い関心を持つことに加え,文理問わず幅広い教養を身に付けている必要があります。
知識や技能に加え,今後重視されるのは「論理的な思考力・判断力・表現力」といった資質・能力です。
こういった力は,過去の教育において今ほどは顕著に実践されてきませんでしたが,これに「主体性を持って多様な人々と協働する力」が加わって,これらを「グローバルリーダーに求められる資質や能力」と呼ぶことにしています。
そして,この資質や能力は令和時代の教育改革が目指すものと見事に合致しているわけです。
以下では特に次の4つの資質・能力についてみていくことにします↓
- 知識や技能以上の力
- 思考力・判断力・表現力
- 主体性を持って多様な人々と協働できる力
- SGHの取り組み
知識や技能以上の力
共通テストが導入する前までは,とにかく知識や技術を詰め込み,正しい1つの答えを導き出すことが勉強の中心でした。
周りで頭が良いと評判になる人は,高い記憶力や知識を持っている人であることが多かったように思います。
しかし,コンピューターが人間の脳の代わりを務めるようになり,知識はインターネット上に保存しておけばよくなりました。
そうなってくると,知識の量や正確さは,もはや誇る類のものではなくなります。
もちろん,思考する上で最低限の知識や技能は必要です。
例えば,「どうして江戸時代が平穏な時代だったのか」について思考する際,江戸幕府の成り立ちや将軍制度のことやそれまでの歴史について知っていることは重要ですし,調べるための手段を持ち合わせていなければなりません。
ですが,さらにその先の「十分な知識や技能を基盤として,答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく能力」は,Society5.0に向かう今後の社会においてはより重宝されることになるでしょう。
藤井聡太さんではないですが,これまでの常識を大きく覆すだけの力となって表れてくるはずです。
もっとも,先に述べた「最低限の知識や技能」も,かなりの水準まで要求されてしまうのが現実のようで,アクティブラーニング形式の授業において討論を行うような際は,準備段階からかなりの予習を行っては必要な知識を学んでおく必要があります。
先ほど佐倉高等学校の課題で,「日本の歴史・伝統・文化を踏まえて多文化共生社会を構築するグローバル・リーダーの育成」というものを紹介しましたが,下線を引いた部分の知識なくして,説得力があるアイディアは生まれないわけです。
ゆとりと詰め込み教育に左右されない勉強法で述べたように,詰め込むことも重要だと思います。
思考力・判断力・表現力
十分な知識や技能を生かすためには「思考力・判断力・表現力」が必要ですが,これらは探求型の学びを通して養うことができます。
仮説を立ててそれを検証すること,この行為は何も研究者の特権ではなく,日常生活でも実践する人は普通にやっていることです。
なお,SSHやSGHは上記行為を意図的に教育に取り入れており,例えば「ロジスティックス戦略を視野に入れた人材育成プログラムの研究開発」をテーマに設定したる青森高等学校では,課題設定のための研究会を行っています。
実際の探求例については後のSGHのところでみていくことにし,ここでは記述式問題の存在意義について考えてみましょう!
入試ではマーク式問題に比べて記述式問題は敬遠されがちですが,それはなぜかというと,実際は有意義であると誰もが知っていながらも「面倒くさいから」であることがほとんどのように思われます。
生徒目線では,マーク式問題を解く場合,問題文と照らし合わせてただ〇か×のいずれかを判断するだけでよく,頭を使って新しく何かを考え出す必要はありません。
しかし,記述式問題を解くとなれば自分の言葉で説明し直さなければならないですし,採点する側からしても
- 採点官によって評価が異なる
- 採点に時間がかかる
などの世論に立ち向かわなければならず,生徒とは別の意味で面倒くさいと思うでしょう。
結局,面倒くさいことを避けることになり,痛みなくして得るものはなしになってしまいます。
大学入学共通テストが良い例で,当初予定されていた記述式問題の導入は見送られました。
思考力・判断力・表現力の育成は,強い意志失くしては実現できそうにありません。
主体性を持ち多様な人々と協働できる力
グローバルリーダーに必要な資質・能力の最後は「主体性を持って多様な人々と協働できる力」です。
各国の文化やものの考え方を理解することはもちろん,コミュニケーション能力を磨くため,社会と積極的に関わり,他者に共感する機会を増やすことも必要になってきます。
協働できる力を磨くための良い方法はずばり読書をすることなのですが,ただ本を読んで終わりにせず,その後で自分の考えを書いて発表したりディスカッションしたりすることが必要です。
2020年の入試改革でも,総合型・学校推薦型選抜を採用する大学の割合が増えることが明言されていました。
これはつまり,生徒自身によるエッセイや,活動報告書,資格検定,集団討論やプレゼンの価値が高まっていることを意味し,1点刻みの学力検査ではない複合的で多角的な入試(意欲・適正をみるための面接,小論文,調査書による評価)が今後一般的になることを意味しています。
それでもなお,
あいつは推薦で自分の実力以上の学校に運良く合格した
などという妬みの声を聞くことがありますが,これは間違った意見であり,むしろ推薦型選抜で結果を残した生徒ほど,今後の社会が求めている人材なのです。
推薦で名門大に合格した私の教え子には,ミスコンでグランプリを取ったり,海外の共同研究に積極的に応募したり,国内でアイドル活動をしたりしている子も含まれますが,その子たちの積極性やコミュニケーション能力やバイタリティはかなりのもので,卒業後に会うと決まって驚かされます。
加えて,多様な人々と協働するためには高い英語力が必要です。
コミュニケーションを日本語だけで行うようではグローバルにはなり得ません。
とりわけ,英語4技能のうち読むことばかりを注視していると,後になって大きく後悔することになります。
実際,共通テストではリスニングの配点がリーディングと同じになりましたし,難易度もグッと上がったわけです。
SSHやSGHに指定された学校の生徒は,ほぼ例外なく,国際シンポジウムで発表したり,海外のフィールドワークに参加したりしては,英語のコミュニケーション能力を大きく高めることにも成功しています。
具体的な取り組み
これまでに述べた資質・能力を育むために,SSHやSGHではどのような試みが行われているのでしょうか。
ここでは,藤井聡太さんの通う名大附属の授業を例として取り上げます。
2017年の中間報告において,この学校は,
- 北米やアジア圏の生徒と積極的に交流を計画・実施している
- モンゴルの学校とテレビ会議システムを利用して,教育環境をグローバル化している
2点が高く評価されました。
以下は,8月に行われた取り組みですが,テーマと目的を読んでみるだけでも,授業内容のユニークさがひしひしと伝わってきます↓
そもそも「自由主義経済・保護主義経済」についての十分な知識がなければ話になりませんから,予定されている討論の前に主体的に学ぶところから始まります。
さらにディベート中は,相手の主張や文化に一定の理解を示しつつも,自分の意見を論理的に述べていく必要があるわけで,このとき問われるのはコミュニケーション力です。
英語が公用語ですので,言いたいことを英語でわかりやすく相手に伝える必要もあります。
このような日々を過ごす名大附属高の生徒たちですから,「深い理解,判断力,有用な情報の収集力が特に高く,協働的探究学習を取り入れた授業改善が優れている」と評価されたのは当然でしょう。
まとめ
藤井聡太さんは幼稚園ではモンテッソーリ教育を受けていましたし,将棋盤を始めとする知育玩具も,親や祖父母から積極的に与えられたと聞きます。
中学を卒業後すぐにプロになる道を選ばず,高校に進学することを選択したのも,もしかすると今後の社会情勢における数手先を読んだ結果なのかもしれません(結果としては中退となりましたが)。
なお,最近では「わが子を世界に通じる人材に育てたい」と思う大人が増えてきているように思います。
立命館アジア太平洋大学のような国際色豊かな学校への入学を希望する高校生や,高校1年生時点で英検2級はおろか準1級を取得している生徒もかなりの頻度で目にするようになりました。
SSHやSGHが行っている取り組みは,個人レベルで行うことは非常に困難なため,希望する場合には外部機関に頼ることが考えられます。
アクティブラーニングでどんどん学べるオンライン教育サービスを始め,コミュニケーション能力の育成を目的とした塾も増えている昨今なだけに,我が子に何が足りないのかを早急に見極めて補ってやることこそが,令和時代に生きる親が備えておくべき資質・能力なのかもしれません。
当記事がそれについて考えるきっかけとなれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。