前回の記事で令和時代に必要な新しい能力と現在の教育が抱える問題点について考えましたが,経済産業省の目に現状はどのように映っているのでしょう。
高度経済成長期やバブル時代の日本には活気があったと語る人々はもはや一線を退き,今の日本の経済状況を誇らしげに思う若者は周りを見渡しても皆無です。
もちろん,多くはほどほどの幸せは得られると思って生活していますし,ネガティブなことばかりを取り上げる報道の仕方に問題があることは確かですが,それでも明るい未来を想像できる人物が育ってきている感じはしません。
よって大きな変化が望まれますが,そのとき参考にすべきは経済産業省が「未来の教室」と呼ぶ新しい教育の形です。
未来の教室に必要な3つの要素
2030年の学びの場は,一体どのような形になっているのでしょうか。
それほど遠くない未来の話ですから,ほとんど今と変わらないような気もしますが,大きく変わっていてほしいという期待の念もあります。
未来の教室のサイトの説明によると,2030年の学び舎は以下の3つを強く意識したものとなりそうです↓
- 学びのSTEAM化
- 学びの自律化・個別最適化
- 新しい学習基盤づくり
確かに,今の大人たちが日本経済を良くすることに失敗したことは明らかで,そんな大人たちから学ぶことはないと思うかもしれません。
ですが,失敗したからこそ「反省」という形で次世代に伝えられることはあるわけですし,成功している外国人が他国である日本のために心血を注いでくれることがない以上,反省こそが今の日本ができるベストだと考えましょう。
だからこそ,ここ数十年できなかった未来を創ることができるチェンジ・メイカーが待ち望まれているわけですが,以下で上に挙げた3つの柱について個々に解説していきます。
学びのSTEAM化
まず初めに「STEAM」という言葉について理解を深めましょう。
これは学問領域の頭文字から成り,具体的にはScience・Technology・Engineering・Art・Mathematicsのことです。
これらを横断的に学ぶことが1つ目の特徴で,「文系や理系の枠にとらわれない」と言えばわかりやすいでしょうか。
その他の特徴として,社会の問題を見出しては解決しようとすることが挙げられ,これぞまさに令和時代に求められるものであるとすでに述べました。
元々はSTEM教育というものが先行していたのですが,これにArt(芸術やリベラルアーツ)が加わった形です。
Artがないと完全に理系と言っても過言ではありませんが,リベラルアーツ自然科学以外に人文科学と社会科学が含まれますし,音楽や美術も学ぶ対象となります。

そもそも,海外の総合大学には芸術学部が含まれることが自然で,日本のように芸術大学が総合大学とは別のように扱われている方が稀だということを覚えておきましょう(医者だけどミュージシャンをしているとか,経営が専門の野球選手などはそうした環境の中でこそ育ちます)。
さて,学びのSTEAM化に話を戻しますが,つまりは文理を問わず幅広い知識を習得し,探求やプロジェクト型の授業においてそれら知識を活用しては,論理的かつ創造的な思考で未知の課題を発見しては解決していくことを繰り返していくことになるわけです。
その過程で社会の大人たちと協働し,取り組みがいのある学びとなることが想定されています。
そのための教材として「STEAMライブラリー」なるプラットフォームの開発や地域共有で使える「STEAM学習センター」の構築が提唱されていますが,これは指導者たちの役にも立つものです。
また,知識はEdTechを使って効率的に学ぶことになり,探究やプロジェクト型学習のための時間を生み出すようにします。

これまでの日本の教育現場を振り返ってみると,EdTechを活用している学校は少なかったように思われますが,奇しくもコロナや教育改革をきっかけに学校のデジタル化が進んだ結果,ようやく土壌が整いました。
なお,他者との協働を可能にするコミュニケーション能力などの力も育てるべきとされていますが,これも幼児期から中学3年生までに育む必要があります(4~5歳の時期が一番重要という話もあり,今だと手遅れな生徒も一定数見受けられるのが課題です)。
学びの自律化・個別最適化
未来の教室では,教師が一方的に授業をするのではなく,机は円形になり,各々が自分のペースで学び,それを周りと共有する形が中心となります。
なお,病院のカルテではないですが,幼少期からの学びを学習ログの形で記録し,生徒たちは個別学習計画を作って学び続けることになるわけです。
なお,その学習ログは学校だけでなく,家や塾からも提供されることになるでしょう。
能力が高い生徒(究極はギフテッドと呼ばれる)を正しく評価するためには,到達度に注目する必要があります。
最も難しいのは不登校や貧困家庭で育った生徒にも質的に同等な教育を施すことですが,それを可能にするのはEdTechとなるでしょう。
そのためには,小中高生の学習環境はネットとリアルが融合したものであるべきです。
新しい基盤づくり
未来の教室は土台がしっかりしているからこそ実現できます。
具体的にはICT環境の整備と学校の働き方改革,さらには教える先生自身が高い意欲を持って生徒の模範となる姿勢をみせることが挙げられますが,ICT環境に関してはGIGAスクール構想が進行中です。
学校ではデジタル化やAIの力によって業務の効率化を図りつつ,教員に負担をかけないように,世間の理解が必要になります。

最近では通信簿の文面を自動で考えてくれるソフトや部活動を別の組織に任せるような試みが話題になりました。
未来の教室における「先生」は教員や塾講師に限りません。
研究者や企業に勤める人,そしてNPOの人たちもみな「先生」ですし,友達や先輩もそのように見なされます。
地域の色々な人が先生となり,協力して後人の指導にあたる意識を持つようにしましょう。
未来の教室の具体例
これまでに挙げた3つの要素が複雑に絡み合い,子どもたちが最も効率良く学べる状態になるよう最適されると,経済産業省が言うところの「学びの生産性の最大化を可能にする社会システム」つまり「未来の教室」が実現されます。
とはいえ,イメージしづらいと思うので,2人の中高生を例に学んでいきましょう!
中学生のAさんの例
まずは中学生のAさんの例からです↓
スマホで観た「音楽のイノベーション」に興味を持ったAさんは,近くの音楽大学で,AIやプログラミングを用いたSTEAMの探求プログラムが開講される情報を知り,思い切って参加してみることにしました。
そこではオンライン会話を通じて,YAMAHAやゲーム会社のエンジニアや大学の研究者が専門性の高い議論を繰り広げており,音楽やDTMの知識がないAさんにはちんぷんかんぷんな内容であったものの,不思議と眠くならずに,むしろ楽しかったと言える経験でした。
帰宅したAさんは,早速DTMの講義が学べる講義動画を検索し,さらにはAIが内蔵されたEdTechでわからなかった知識を補完することにします。音楽の授業や情報の授業まで,興味にあった教材が提示されてくるので,自分の知識が効率良く増えていくのが実感できました。
それでもわからないところは,講義動画の講師にチャットで質問します。先生は,自分の住んでいる田舎から遠く離れた都会に住んでいるそうです。
今では,さらなる好奇心や向上心のせいか,これまで退屈に感じられた音楽や情報の授業が全くもって楽しく感じられるようになりました。
続けてもう一人の例をみてみましょう!
高校生のBさんの例
以下は高校生のBさんの例です↓
午前中は,学校の図書館で自分用のパソコンを使ってカリスマ講師の講義を視聴します。この後,クラスのディスカッションが控えているからです。
学校が終わり放課後になると,将来の夢である「獣医学」に関連した探求テーマを進めるべく,最新の知見に関する大学のセミナーに参加します。
急遽,共同研究している海外の研究室とオンライン会話を行うことになりましたが,日頃オンライン英会話で鍛えていたこともあって無事に乗り切ることができました。
帰宅後は,動物の体の構造について学ぶため,VR(バーチャルリアリティ)を使って解剖の疑似体験をします。
日によってはMOOCsを使って海外の授業を視聴することもあり,刺激的な毎日を送っているBさんでした。
どちらの例においても,これまでに紹介した3つの要素が学習者の周りに最適な形で配備され,データ化された学習者のこれまでの学びの履歴から,個別最適化された学習の大切さを感じ取ることができます。
EdTechを使った新しい学びの利点
EdTechはメディア(介在者)としての役目を果たすこともあり,EdTechなくして未来の教室の実現は難しいでしょう。
世界における教育改革の歴史とEdTechの役割の記事も書いているので,ここではEdTechの提供する新しい学びの利点についてまとめることにします。
場所や学年を問わずに学べる
EdTechはオンラインサービスの形を取っているので,離島や山奥であろうと,良質な教育を受けることが可能です。
各人の興味に従って,場所や時間を問わずに誰でも受講できるところが魅力となります。
最良の先生が見つかる
オンラインによる検索やマッチング機能を使うことで,これまでは考えられなかった出会いが可能となります。
特に,自分が将来なりたい職業に就いている先人の話は実際の現場をイメージするのに最適で,現時点でどのような準備をすればよいのか考える良いきっかけとなるでしょう。
また,世界最先端の研究においてどのようなテーマが問題になっているのかを調べることもできるわけですから,刺激的な科学論文を読むことで,高い論理的思考を獲得することも可能です。
良い先生に巡り合うことで好奇心が芽生えるとともに,最終的には社会的な課題めいたものが見つけられるでしょう。
効率的な学習が可能
民間教育や産業界が提供するオンライン講義動画や「MOOCs」という公開オンライン講座により,一流かつ先端を行く講義を誰でも自宅で視聴できるようになりました。
その際,AIのアルゴリズムが,学習者の出来に従って復習すべき単元を自動で分析して提示してきてくれるので,個別に最適な復習教材で学ぶことができます。
また,個人の学習履歴が残ることで,学習者の勉強習慣の改善に役立てられる他,本人のやる気向上の一助にもなるはずです。
ディープラーニングにより,時間が経てば経つほどにAIは賢くなっていきます。
今はまだ始まったばかりですが,5年後や10年後のAIの進歩には目を見張るものがあるはずです。
まとめ
以上,未来の教室に必要な3つの要素と具体例,さらにはこれまでにあまり活用されてこなかったEdTechが持つ新しい学びの利点についてみてきました。
最後に,未来の教室で行われることになる,これまでにない学びの例をいくつか付け加えて,まとめの言葉に代えさせていただきます↓
- 幼児期から身近な課題解決の体験を通して,好奇心やその他能力を伸ばせる
- ICTを活用することで保育士や教員の働き方改革が進む
- 「きっとできるはずだからやってみよう」,「こんなに面白いことをやっている人がいるのか。是非会ってみたい」,「それじゃだめだよ」といった声に触れることで変化が生まれる
- 単科の学習に留まらず,その先の専門分野を意識した学びを行うことで,探求と勉強が融合して,生徒は興味を失わずに済む
- コアタイムの常識(毎日決まった時間学校にいないといけない)が崩れ,より多様な学びが生まれる(毎日が午前授業になるなど)
- 天才が育ちやすい教育の土壌が育まれる
- 先生の役割が一斉講義からファシリテーターや個別指導的なものに変わる
- 学校に地域社会や企業の課題を持ち込み,生徒と社会人が入り混じって探求する機会が増える
- 学校という場所が,これからの社会でそのまま通用する力を身に付けるための実践の場となる
2030年以降ももちろん教育は大きく変わり続けるでしょう。
あくまでここで語った話は2030年という「近い未来」の例に過ぎません。
変化を恐れず,子どもたちの活躍を見守っていきたいものです。
最後までお読みいただきありがとうございました。