最近ではセルフサービスではないコンビニやスーパーも無人化に近づきつつあり,ロボットが人間に代わって多くの仕事を請け負う時代の到来をより強く意識するようになりました。
工場のオートメーションが1950~60年代に導入されていたことは知っていても,近くのスーパーがセルフレジを導入したときや,米国の街中でロボットタクシーが走っている光景を目にしたときの衝撃は大きなものでした。
そのようなサービスを提供することが当たり前となった社会において必要とされる人材であり続けるためには,ロボットが苦手とする資質・能力が必要であることは言うまでもありません。
例えば高いレベルのコミュニケーション能力や理解力が求められますし,使役する側にも高度なプログラミング能力や適切な倫理観が求められるでしょう。
そして,そういった資質・能力の根本にあるのが,表題にある「読む力」だというわけです。
読む力と大学教員の愚痴
ここでいう「読む力」というのは,国語のテストで測定される読解力のような,難解な問題を解ける能力を指すというよりも,「文を読んで,普通にそれを理解する能力」のことを指すと考えてください。
私がこの能力に注目するようになったのは,高校時代の恩師と飲んでいたときに1つの記事を紹介されたことがきっかけです(2018年2月11日取得)。
この記事は,
ツイッターやブログなどで批判されたときに,まったく自分が意図していないふうに相手に受け取られてしまっていて,とんちんかんな返答が返ってくることが多い
といった嘆きから始まります。
そして,筆者がその理由として考えついたことが,
「読む力」が不足している人が多いのではないか?
という疑念だったわけです。
自分の所属している組織に当てはめて考えてみてください。
誰かと議論になったとき,争点が相手に理解されておらず,不毛な言い争いになってうんざりした経験はなかったでしょうか。
私は何度も体験していますが,これは相手側の理解力が不足していて,議論に必要な情報を理解できないことが原因である場合がほとんどです。
これが中学生や高校生であれば,誰もが理解できるという前提で書かれている教科書を読んだところで理解できないことに繋がってしまいます。
私が塾講師を始めたばかりの頃は,
全部教科書に書いてあるんだから,自分一人で勉強できるよね!
といった感じで生徒と接することが多かったのですが,「読む力」の存在について知ってからは生徒の読解力をチェックすることをまず最初に義務付けるようになりました。
例えば,中学生に以下の問題を解かせてみてください↓
「以下の文を読みなさい」という指示が独特ですが,全国の中学生に解かせてみたところ,この問題の正答率は62%しかないことがわかりました。
日本語の係り受けが焦点となっている問題ですが,正解は「キリスト教」です。
高校生の方には以下の問題を解いてもらいましょう↓
この問題における高校生の平均正答率は65%です。
なお,中学生にこの問題を解かせてみるとたった38%の生徒しか正解できず,とりわけ中学1年生においては,勘で選んだ場合と正答率が変わらないという悲惨な結果を生んだと言います。
上の問題の正解は①でしたが,正解できましたでしょうか。
これを制限時間を設けて解くように条件付ければ,難易度はより高まるはずです。
ところで,大学においては何かの資料を読んで内容を正しく要約できることや,論理的にものを考えられる能力を学生が備えていることが前提となって授業が行われます。
そのため,「読む力」がないまま大学に入学してしまえば,授業を真面目に受けたところで得られるものはほとんどありません。
先ほど登場した私の恩師は大学教員だったわけですが,
4年間もの長い月日が無駄に経過してしまっているように感じるなあ
と,ウイスキーの氷を指でかき混ぜながら愚痴っていました。
大学の教員側が気の毒に思いながら授業をしているわけで,双方にとってメリットはないでしょうし,このような事態が社会のためになるはずもありません。
「大学では何も学ぶことがなかった」などと自慢げに話す社会人は,もしかするとスマホや家電製品のマニュアルすらまともに読むことができないのではないでしょうか。
ロボットの弱点と読む力の関係
最近は将棋の世界はもちろん,囲碁の世界においてもAIに人間が敵わなくなってきています。
囲碁は将棋やチェスなどと違い,駒(碁石)が区別されない関係で,より多くの手を読まなければならないにもかかわらずです。
もしも大正生まれの祖父が生きていれば,現代のAIの性能に度肝を抜かれていたことでしょう。
さて,そんな最先端技術を備えたロボットに昨今の大学入試問題を解かせてみると,MARCHと呼ばれる難関大学には80%の確率(つまりA判定)で合格できるそうです。
ところが,東京大学には決して合格できません。
それはなぜでしょう。
勘の良い方ならもうお分かりでしょうが,それはロボットに「読む力」が不足しているからなのです。
毎年,東大に何十人もの合格者を輩出する名門校の生徒というのは,中学に入ったばかりの時点ですでに平均的な高3生よりも高い「読む力」を保有しています。
まさかと思うかもしれませんが,個別指導の塾で普段教えている私は,中学生と高校生が同じ参考書を使って勉強している光景を何度も目にしており,丸つけをする度に上の事実を痛感してきました。
選択式の問題が出ると安堵し,記述式の問題を見た途端にできなくなるような中高生は,答えを「なんとなく」で選んでいることが多く,物事を深く考えることができません。
このような状態でずっと学生時代(はたまた長い人生)を過ごしてしまうようでは,今後の社会に出た際,より難しい問題を自力で解き明かすことなど到底できないでしょう。
同じことであっても,余計に苦労してしまうであろう光景が容易に想像できてしまいます。
受験勉強を始める前にすべきこと
以上のことを踏まえると,受験勉強を始める子どもに教科書を読ませたり,受験に必要な教材を買い与えたりする前に,まずは「読む力」が備わっているかどうかを確認しなければならないことは必然です。
小中校の教育改革においても,習った内容を生徒が理解できることを前提として授業は進行していきます。
プログラミングや英語の早期教育を施す以前に,教師が話す内容や教科書に書かれた内容を正しく理解できる子を育てなければ,それこそ先に話した大学生と同じ道を辿ってしまう未来を避けられません。
論理力のない生徒たちがどれほどアクティブに議論を重ねてみたところで,一番最初に挙げた「争点のわからない会社の同僚」しかクラスにいない状態であれば,有意義な時間を過ごすことはできないわけです。
もちろん,テストにおいて問題文を読めなければそもそも何を答えてよいのかすらわからないでしょうし,「読む力」の有る無しは人生を左右すると言っても過言ではありません。
さて,実際どのように「読む力」の能力を高められるかについてですが,残念ながら,詳しいところはまだわかっていないというのが現状です。
ですが,「我が子は質問文の意味すらそもそもわかっていないのではないか?」と考えることができるようになれば,これまでに気づけなかった解決策が見えてくるかもしれません。
きちんと教科書が読める子どもを育てるために周りの親や教師たちは何をしてやれるのか,教える側の意識を変えることも大切なのではないでしょうか。
今のところの対策として私が有効だと考えているのは,「読む力を備えた大人が一緒になって問題を解く」ことです。
質問文を,大人の理解力をもって,一語一語丁寧に読み解きながら,コミュニケーションを重ねていくことで,生徒の読む力は少しずつ高まっているように感じます。
そのように考えると,家庭内での何気ないやり取りや,読書量や忍耐強さなども「読む力」の向上に一役買っているのでしょう。
それこそ,親が「濃縮還元100%」と書かれたジュースを手に取り,
これは水分を蒸発させて濃くした果汁を,後から水で薄めて元の濃度に戻すことで作られているんだね
と呟いてみるだけでも,子どもの文字への意識は変わってくるものです。
まとめ
最後に,「読む力」が高いか低いかの明暗を分けるとされる問題を解いてみましょう↓
この問題の正答率は中学生で12%,高校生でも28%と極めて低いです。
答えは②ですが,私が担当している生徒のうち,偏差値50以上の学校に在籍し,そしておそらくMARCHレベルの大学には最低でも受かるであろう生徒たちは,中学生であっても完璧に正解することができました。
こうした問題が解ける読解力が備わっていて,その状態から知識を増やしていくことで,初めて頭が良い生徒が生まれます。
そんな「読む力」を備えた子(地頭が良いことと同義かもしれません)であれば,たとえ偏差値30台から受験勉強を始めたとしても一流大学に合格できるでしょう。
上の問題を間違えてしまった方は,早く気が付けて良かったと前向きに捉えて,今から周りのあらゆる文章に並々ならぬ注意を払うようにしていただければと思います。
できないことをできるようにすることで,人は確実に成長するわけです。
無いものを嘆いている暇はありません。
なお,今回の記事を書く上で「AI VS.教科書が読めない子どもたち」という書籍を参考にさせていただきましたが,著者である新井紀子氏は「読解力は何歳になっても向上する」という希望の持てる仮説でもって,章の終わりを綴っています↓
他にも筆者の主張に共感するところが多かったので,興味を持たれた方は是非読んでみてください。
他にも何冊か良書が出ています。
最後まで記事をお読みいただきありがとうございました。